人材紹介企画 「コーキョーメグリ」vol.4【秋葉 恵実】

↑日暮まで人々が憩う北本水辺プラザ公園

秋葉恵実さん
埼玉県北本市(市長公室)

‐聴く人・書く人‐
鈴木 克典(静岡県島田市)
鈴木 克典 | Public Platform (public-platform.jp)

 東京駅の在来線ホームから埼玉へ。2023年の自治体広報日本一に輝いた北本市の秋葉さんが、待ってくれている。
オレンジと緑の帯を巻いた電車が目に入ったので、階段を駆け上がると行き先は熱海。東海道線も宇都宮線も、高崎線と同じ「湘南カラー」だと失念していた。
 更に、お目当ての上野東京ラインが停電で運休とのアナウンス。山手線に乗り換え上野を目指す。神田を過ぎると次は秋葉原。明治初期に火伏の秋葉神社を静岡県から勧請したのが地名の由来だそう。「秋葉さんにも何か関係あるのかな?」と意味不明な想像をしている間に、相変わらずノスタルジックな御徒町を過ぎた。発車ベルを待つ高崎線に乗り込めば、今度こそ北本まで運んでくれる。

地元愛が伝わってくる広報紙ですが、意外にも県外出身だそうですね。北本市を選んだ理由を聞いても良いですか?
 茨城なんです。志があって地方公務員を目指した訳ではなかったこと、正直にお話ししますね。埼玉の大学に進学した際、マスコミの仕事に興味があったので、記者さんと関われるゼミに入りました。その流れで新聞社のインターンに行った際「記者になったら、何を伝えたいの?」と聞かれたんです。仕事に憧れていたけれど、自分が主体的に世の中に訴えたいものが無いことに気付かされました。資格が無いなって諦めた一方で、卒業は迫っていました。
 親の影響もあり、取りあえず自治体の採用試験を幾つか受けるも、一次募集は全て撃沈…友人から「埼玉県北本市で二次募集がある」と聞き受験した時が、初訪問でした。採用の連絡を受けた時は、もう3月。耳を疑い、人事課に電話をかけ直してしまうほど、追い込まれていましたね。

広報担当になった途端、北本市への想いがあふれた訳ではないですよね。布石のような経験があったのでしょうか?
 最初の配属は協働推進課。セーフコミュニティという事業の担当となり、市民の皆さんと一緒に安心安全なまちを目指し、怪我や事故を防止する取り組みを実践しました。多くの部署や団体と関わり、行政や地域を一層知ることができたのは良い経験でした。そんな矢先に辞令が出たんです、すぐやる課へ。例えば市民から「家に蜂の巣が!」と通報が入ったら、蜂に負けない速さで飛んで行き駆除するような職場です。別の意味で、現場第一の業務に携わりましたね。紆余曲折ありましたが、徐々に住民との距離感が縮まったという点では、まあ広報担当への助走というか、北本愛を育むプロセスだったのかもしれません。

広報を担当して5年目とお聞きしました。新任の頃、特に苦労した点や注力した点はありますか?
 北本市の広報紙は内製化していなかったので、印刷会社のデザイナーには毎回「どんな意図で紙面を作りたいのか分からない」とビシバシ指導され、上司にも「どう書けば伝わるのかを考えなきゃね」と言われていました。伝わりにくいと、誰よりも読んでくれた市民が困るんですよね。
 当時は広報担当一年目で、他の課が書いた文章を直していいのか悩みましたが、結局そうした言葉があったから、組織内のパワーバランスは一度忘れて、自分なりに原稿に手を入れたり、伝え方やデザイン・レイアウトを考えたりするようになりました。

それがのちに「広報きたもと」の内製化にも繋がったと?
 はい。何とか内製化をと考えていた時に、元三芳町職員の佐久間さんが北本市の広報アドバイザーに就任してくれて、内製化や写真撮影のノウハウなどを教えてもらうことができました。私たち自身も個別のスキルを伸ばすことを怠らず、令和3年に内製化に漕ぎ着けました。もう、ここまで来たら限りなく妥協せず作ろうと意識を改革し、毎月ちょっとずつの積み重ねを経て、今に至ります。

失礼な質問かもしれませんが、インターン当時に見つからなかった「伝えたいこと」は、広報で見つかりましたか?
 取材を重ねると、やりたいことがある人・伝えたい思いがある人・誰かと繋がりたい人の声が、どんどん入ってくるようになり、まちの解像度が上がりました。すると、私には無いけれど、世の中に訴えたいものを持った市民がいれば、こちらから繋がって「この話は誰かの救いになるんじゃないか」という魅力を見つけて、広める方法を考えるようになって。根本的な私の「伝える」スタイルはそっちなんだなって、広報を担当して気付くことができました。

秋葉さんが、他の自治体と共有できる強みは何ですか?
 まずは、DTPを導入して広報紙を内製化したい自治体に伴走できます。その際、広報紙制作においても、担当職員だけでなく住民ともお会いして、関係作りをサポートしていきます。実はこれ、内製化に欠かせないポイントです。
 例えば広報紙に必要とされる写真は、広告的な凄く惹かれる一枚ではなく、取材された人から「また協力したい」と思われる写真、それは信頼関係です。住民と真摯に向き合えば、地域への愛着を抱いてもらえるはずですし、行政への信頼にも繋がると思います。住民の協力に応える使命としての広報紙を、もっと私も読みたいんです(笑)

最後に、秋葉さんにとっての「公共」とは?
 広報紙づくりは関係づくりだと、住民や広報同業者から教えてもらいました。実際に、市民との関係性の中に自分
を置いてみると、驚くほどまちの魅力に確信を持てるようになりました。住民同士も知り合うことで、まちの可能性を信じられるようになるはずです。公共って、そうやって皆んなで広げる自慢できる場所なのかもしれません。
 一方で、どんな立場でも一人一人、絶対的にオリジナルな物語や背景を持っていますよね。だから別に何かに突出していなくても、個々にしっかりスポットライトを当てていくことも、公共なのかなと思います。関係性は、何度もプロセスを経た上で繋がって太くなると思うので、広報でいろいろな立場を知り合う機会を増やしたいですね。

【帰路の車中で想う】
 広報きたもとの表紙には「北本らしい」風景が切り取られている。秋葉さんは、その関係性の中に没入している。没入し過ぎて、相手の気持ちが憑依するそうだ。公務員のイタコとは、その勇気と覚悟にやられたなぁ。そのうち、風景の中に彼女がいることが、北本らしくなるのかも。
 駅のホームで、ふと彼女の言葉を思い出した。「市民の皆さんと一緒に日本一を獲れて良かった」あれは、掛け値なしの言葉だったんだ。ドアが閉まり電車が滑り出すと、車窓には夕陽で赤らんだ家々と緑の雑木林が流れていく。これも北本らしい風景かな…らしさ探しは続いた。

話す人
秋葉 恵実(アキバ メグミ)北本市市長公室シティプロモーション・広報担当主任
秋葉 恵実 | Public Platform (public-platform.jp)

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